大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和45年(ネ)2673号 判決 1975年10月30日

控訴人 相吉昭和

右訴訟代理人弁護士 矢吹重政

被控訴人 長塚倉吉

右訴訟代理人弁護士 瀧澤国雄

同 芹澤博志

同 三羽正人

右訴訟復代理人弁護士 後藤悦男

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人訴訟代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し、別紙目録記載一、二の不動産(同目録三、四の不動産については原審において請求を減縮)につき、東京法務局芝出張所昭和三七年一〇月一二日受付第一二七〇四号をもってした仮登記に基づく同年一二月一五日代物弁済を原因とする所有権移転本登記手続をなすべし。被控訴人の反訴請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人の負担とする。」との判決を求め、予備的に、「裁判所の相当と認める精算金の支払いと引換えに右所有権移転本登記手続をなすべし。」との判決を求め、被控訴人訴訟代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実に関する主張及び証拠関係は、次に附加するほか原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。

一、被控訴人の主張

当事者間に控訴人主張のような代物弁済契約(以下本件代物弁済契約という)がされたとしても、それはいわゆる仮登記担保契約であり、被控訴人は主債務者仙波正俊(以下仙波という)に代位して控訴人のため、昭和五〇年七月二二日控訴人主張の消費貸借(以下本件貸金という)の残債務元金一〇〇万円、及び、これに対する履行遅滞後の昭和三七年一二月一六日から供託の昭和五〇年七月二二日まで約定の日歩金四銭の割合による遅延損害金一八四万八〇〇円合計金二八四万八〇〇円を弁済供託したので、本件貸金債務は消滅し、それにより仮登記担保権も消滅した。

二、控訴人主張

被控訴人の仮登記担保権消滅の主張事実は争う。但し、被控訴人主張のように供託した事実は認める。

控訴人は昭和四六年一〇月一四日付第二準備書面で同年同月同日ころ被控訴人に対し、別紙目録記載の不動産(以下本件不動産という)につき、裁判所が相当と認める評価額で控訴人にその所有権を帰属させる旨意思表示したので、その時に控訴人にその所有権が帰属したものであり、差額の清算金はいつでも支払う用意がある。したがって、その後になされた被控訴人の弁済供託によっては本件不動産の仮登記担保権は消滅しない。

証拠<省略>。

理由

一、本件代物弁済契約の成立及び性質について

1.その成立経緯

<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

(1)被控訴人はもと本件不動産を所有し、その地上建物を第三者に賃貸していたが、その一部賃借人に対し敷金三〇〇万円以上を返還する必要に迫られ、金融機関に融資を求めたが、被控訴人は昭和三四年一〇月六日芝信用金庫との間に継続的取引契約を結び本件不動産につき被担保債権極度額を金五〇〇万円とする根抵当権を設定し、当時右極度額に達する債務を負担し、芝信用金庫から借増しができなかったことなどから本件不動産の担保価値に疑いを抱かれたため、金融を得られず困窮していた。そこで、被控訴人は知人である白石孝(以下白石という)に誰か金融を得られる人がないか相談したところ、同人はかって三晃工業に勤めたときその専務取締役をしていた仙波を紹介した。

(2)仙波としては、被控訴人を全く知らなかったが、好意で金融を斡旋しようとして、その事情を聞き本件不動産の登記簿謄本も見て、二、三の心あたりの者に話をしたが、いずれもすでに抵当権が設定してあることが障害となって金融を得られなかった。仙波はもと株式会社日本空輸サービス(以下日本空輸という)を経営していたころ好光国広(以下好光という)またはその義弟である控訴人から数年にわたり合計約金一、〇〇〇万円を借受けその殆んどを弁済した実績もあるので好光から金融を得ようとして、昭和三七年一〇月八日被控訴人を同道の上好光の経営する会社にいたり被控訴人を紹介し、その金融申込をした。しかし、好光は、被控訴人が未知の人であり担保とすべき本件不動産には芝信用金庫の根抵当権が設定してあることから担保価値に疑いを抱きその申込を承諾しなかったが、控訴人から利殖のため一切の権限を与えられて預託された金三五〇万円の残金もあり、好光が昭和三三年三月ころ仙波に手形割引の方法で貸与した金五〇万円の支払を確保する必要もあったので、その方法を考慮するならば、控訴人が仙波に対しさらに金員を貸与してもよい旨述べた。仙波は当時好光に対する右残債務を直ちに弁済できず、好光に弁済猶予を求めるとともに、被控訴人に対し、同人が右債務を含めて本件不動産を担保に提供することを求め、被控訴人がこれを承諾するならば、仙波が控訴人代理人好光からさらに金員を借受けた上これを被控訴人に貸与してもよい旨述べた。被控訴人は全く未知の仙波を通じ未知の控訴人代理人好光からすでに根抵当権の設定してある本件不動産を担保に金融を得るには、できるかぎり、仙波、控訴人代理人好光の申出に応じるほかなかったので、仙波の申出を承諾し、金三〇〇万円の借受を希望した。好光は控訴人から預託された金員の預金先である勧業銀行大森支店に紹介したところ、残金が約金一五〇万円であったところから、右金員をさらに仙波に貸与することとし、好光の仙波に対する前記債権金五〇万円の支払確保を図るため、まず、好光が控訴人に対し右債権を譲渡した(控訴人は後日これを追認した)。

(3)そこで、控訴人代理人好光、仙波、被控訴人の三者間で同年同月同日控訴人が仙波に対し、金一五〇万円を新に貸与し、これに前記(2)の好光から譲受けた債権五〇万円をあわせて合計金二〇〇万円を目的として準消費貸借をし、その弁済期を同年一二月一五日、利息遅延損害金を日歩金四銭とし、被控訴人は右債務につき連帯保証するほか本件不動産をもって物上保証し、仙波が右弁済期に債務の本旨に従った弁済をしないときは本件不動産所有権をもって代物弁済する旨(本件代物弁済契約)約定した。そして控訴人(代理人好光以下同じ)は直ちに仙波にに対し、金一五〇万円からこれに対する弁済期までの約定利息金を差引いた金一四五万九、〇〇〇円(この利息の天引は利息制限法の制限範囲内のもので適法有効である)の小切手を振出交付し、仙波はその場で直ちに被控訴人にこれを交付し、被控訴人はそのころこれを現金化した(控訴人はそのさい仙波に対し、仙波が右旧債のため好光に裏書譲渡した約束手形一通を返還した)。被控訴人は、右貸金二〇〇万円の債務の支払確保のため、同日控訴人に宛て金額一〇〇万円、満期を同年一二月一〇日及び一五日とする約束手形各一通を振出交付した。

以上のとおり認定することができ、右認定に反する原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果の一部は信用することができない。

前記認定事実によると、被控訴人は昭和三七年一〇月八日控訴人、仙波との間で、仙波が控訴人に対する準消費貸借債務(以下たんに貸金債務という)金二〇〇万円につき、連帯保証及び物上保証をし、仙波が弁済期の同年一二月一五日に債務の本旨に従った弁済をしないときはこれを停止条件として本件不動産所有権をもって代物弁済する旨約定したものというべきである。

2.本件代物弁済契約の性質

権利者控訴人、債務者被控訴人が本件不動産につき東京法務局芝出張所昭和三七年一〇月一二日受付第一二七〇四号で本件代物弁済契約による所有権移転仮登記を了していることは当事者間に争いがなく、本件代物弁済契約が成立するにいたった前記認定の経緯事実と合せ考えると、本件代物弁済契約は、本件貸金の弁済を担保する目的をもったいわゆる仮登記担保権の設定であり、停止条件が成就したときは、債務者が目的不動産を処分する権能を取得し、これに基づいて、当該不動産を適正に評価された価額で確定的に自己の所有に帰せしめ、その評価額から自己の債権の弁済を得ることができるいわゆる帰属清算型代物弁済契約というべきものである(最高裁大法廷昭和四九年一〇月二三日判決参照)。

二、要素の錯誤について

被控訴人は、自己の交付を受けた金一五〇万円についてのみ本件代物弁済契約をする趣旨であるところ、仙波が控訴人に対し負担した金五〇万円の債務についてもこれに含まれているのは要素の錯誤に基づくもので無効である旨主張するのでこれについて判断する。

前記一認定のように、控訴人、被控訴人、仙波間にそれぞれ利害対立する状況で本件代物弁済契約がされたものであり、仙波が控訴人に対して負担した手形割引債務金五〇万円についても、本件代物弁済契約の中に含めて初めて本件貸金が、成立する関係にあったものであって、被控訴人はこれをやむを得ないものと承諾していたというほかないから、本件代物弁済契約には何らの錯誤も存在しない。この点の被控訴人の主張は失当である。

三、暴利行為等による公序良俗違反の主張について

被控訴人は、本件不動産は契約当時の時価が金三、五〇〇万円あり根抵当債務金五〇〇万円を控除しても、本件貸金債権額金二〇〇万円の十数倍に達するから、本件代物弁済契約は暴利行為に該当し無効であり、そうではないとしても、本件代物弁済契約は被控訴人の窮迫、軽率、無経験に乗じてされたもので無効である旨主張する。しかし、

後述四のとおり、仮登記担保の場合時価と債務額との差額は清算の上所有者に返還することを要するから、その差額の清算をしないことを前提とする前記被控訴人の主張部分は失当に帰する。その他の前記主張部分はこれを認めることのできる証拠がないばかりでなく、前記各認定の事実によれば、何ら公序良俗に反するものではないというほかなく、この点の被控訴人の主張も失当である。

四、仮登記担保権の実行について

1.停止条件の成就

<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。

被控訴人は仙波に代位して控訴人に対し、本件貸金につき内金一〇〇万円を被控訴人が控訴人に宛て振出交付した前記約束手形二通のうち同年一二月一〇日を満期とする一通を支払うことによって支払ったが、残金の支払をしなかった。被控訴人は同年一二月一七日控訴人に対し、本件貸金のうち仙波から交付を受けた金一五〇万円についてのみ支払うが残額は仙波が支払うべきであるとして金五〇万円を提供し、先に振出交付した前記約束手形の残り一通の返還を求めたが、控訴人は、仙波に貸与したので仙波も同道した上で話をしたいし残金は一〇〇万円であるから五〇万円では受領できない旨述べて受領を拒否した。そこで、被控訴人は控訴人と種々話合った結果、本件不動産は代物弁済に供されたことを確認した上、これを昭和三八年一月一四日までに代金一〇〇万円で買戻すことの約定をし、控訴人は前記約束手形のうち一通につき取立委任を取消してこれを被控訴人に返還することとした。しかし、被控訴人は右買戻期限までに右代金の支払をせず、期限後の同月一六日ころ仙波と同道して右約定による買戻しを求めたが、その際仙波だけが金五〇万円を現実に提供し被控訴人は現実に提供せず約定期限も経過していたことから、控訴人は右申出を断った。

以上のとおり認定することができ、右認定を左右する証拠はない。右認定事実によると、仙波が期限である昭和三七年一二月一五日本件貸金債務金二〇〇万円のうち金一〇〇万円を支払わず、連帯保証人兼物上保証人である被控訴人が内金五〇万円を弁済提供したのに止まることは、債務の本旨に従った弁済がなかったことになり、本件代物弁済契約の停止条件は成就し、前記一説示のとおり、控訴人は本件不動産を弁済のため処分する権能を取得したものということができる。

2.清算金の支払

仮登記担保権のうち帰属清算の場合目的不動産の評価額が自己の債権額を超えるときは、仮登記担保権者は超過額を保有すべきいわれはないからこれを清算金とし債務者に交付すべきであり、その清算金の支払時期は仮登記担保権者が目的不動産の清算により終局的にその所有権を自己に帰属させる時までと解され、右清算金の支払と所有権の取得は同時履行の関係に立つものというべきであって、債務者はそれまでは自己の債務を弁済して目的不動産の所有権を受戻すことができるものというべきである(前記最高裁大法廷判決参照)。

本件において、控訴人は昭和四六年一〇月一四日付準備書面をそのころ被控訴人に交付することによって本件不動産につき、裁判所が相当と認める評価額で控訴人にその所有権を帰属させる旨意思表示したが、その評価額と債権額との差額の清算金はまだ支払っていないことはその主張自体から明らかであるから、本件不動産の所有権はまた控訴人に帰属していないものといわなければならない。

3.仮登記担保権の消滅

被控訴人は昭和五〇年七月二二日控訴人に対し本件貸金債務の全額を弁済したので本件不動産の仮登記担保権は消滅した旨主張する。

前認定の事実によると被控訴人は控訴人に対する関係では債務者仙波の保証人兼物上保証人であるから法律上当然仙波に代位してその債務を弁済しうる地位にあるものというべきところ、<証拠>を総合すると、被控訴人は主債務者仙波に代って控訴人に対し昭和五〇年七月二二日残元金一〇〇万円、及び、これに対する弁済期の翌日である昭和三七年一二月一六日から昭和五〇年七月二二日まで約定の日歩金四銭の割合による遅延損害金一八四万八〇〇円(但し、計算上は一日分過払いである。)合計金二八四万八〇〇円を弁済のため供託したことが認められる。右供託前に被控訴人がこれを控訴人に弁済のため提供したことのないことは被控訴人の自認するところであるが、弁論の全趣旨によれば控訴人はすでに本件不動産の所有権を取得したと主張しており、被控訴人が弁済の提供をしてもこれを受領しないことが明白であったものというべきであるから、右供託は有効である。もっとも本件貸金中五〇万円の部分については貸付の日から弁済期までの約定利息が支払われたことはこれを認めるべきものがないが(当初の天引利息は元金一五〇万円に対するものであることはその利率と日数とから明らかである)、本件貸金は右利息の天引と履行期までの金額一〇〇万円の約束手形二通の支払によって弁済が完結するものとされていたとみるべき本件では、右金五〇万円に対する弁済期までの利息は控訴人において支払を免除したか別途支払を了したかして債務者において支払を要しない関係にあったものと認めるのが相当であり、被控訴人のした右供託は債務の本旨に従ったものとして弁済の効力あるものというべきである。したがって、本件貸金債務の残債務はすべて消滅しこれに伴い本件不動産の仮登記担保権は消滅したものということができる。この点に関する被控訴人の主張は理由がある。

五、結論

以上のとおりであるから、本件不動産のうち一、二につき、代物弁済による仮登記に基づく本登記手続を求める被控訴人の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく失当として棄却を免れない。また右仮登記担保権消滅を理由として被控訴人は本件不動産につき仮登記の抹消を求めうべきであるところ、被控訴人は反訴として金五〇万円の支払と引換えに右仮登記の抹消を求め、原審において認容せられたが、すでに右金五〇万円を超える金員が弁済に供せられている以上、結果としては無条件に抹消登記を求めうべきことと同様であり、かつこれにつき附帯控訴ないし請求拡張のない本件では原判決の右結論はそのままこれを維持し、被控訴人の反訴請求は正当として認容すべきである。よって結論においてこれと同趣旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないのでこれを棄却し、控訴費用の負担につき民訴法九五条八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浅沼武 裁判官 加藤宏 高木積夫)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例